2024.02.19

築城400年

島原城築城400年記念 築城主松倉重政の物語 -五-

海道かいどうしろ松倉重政伝まつくらしげまさでん

天津佳之あまつよしゆき

島原城 幾重にも折れた高石垣

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 元和げんな四年(一六一八)、江戸に上った重政しげまさは、幕府に対して日野江ひのえじょう※1破却はきゃくと島原での新城普請ふしんを願い出た。しかも、石高こくだか四万石に対して、十万石に相当する大規模な城の築城を、である。もちろん、重政には目算もくさんがあった。もとより石高より高い内高うちだかに加え、新城と新町しんまちによるあきないの振興、そして南蛮なんばんとの貿易による理財も含めれば、十分に実現可能であると。
 一国一城令いっこくいちじょうれいにより多くの城が破棄され、諸大名が城の修繕普請にさえ慎重にならざるを得ない情勢のなかで、この申請を幕府は許可した。朱印状しゅいんじょうも下され、重政は構想の端緒たんしょを開くことが叶ったのである。
(いよいよだ)
 江戸から国許くにもとへの道中で、重政は腕が鳴るのを抑えられなかった。いよいよ、自身の才を存分に活かすときが来たのだ。武者震いにも似た感覚をまとわせて、重政は己の国へと帰っていった。

島原城構築之図(島原城展示 宮崎昌二郎作)

 勢い込んで築城にのぞんだ重政は、早速にも島原に乗り込むと村の乙名おとなしゅうに普請のことを告げた。
「我が居城はここに置く。そのつもりで頼むぞ」
 次いで領内にれを出し、新城普請の夫役ぶやくや材料調達を命じた。ただし、年貢に上乗せする分はともかく、それを上回る分については藩で買い上げた。さらに、船持ちには海を経て筑紫ちくし肥後ひごでの買い付けを命じ、優先的に良い値で買い取りもした。普請もまた、領内振興の策としたのである。
 そのうえで、重政は新城に当時最新の築城術を採用した。
 眉山まゆやま※2を前にしたゆるやかな丘陵きゅうりょう森岳もりたけに配した長方形の縄張りは一見単純だが、外塁がいるいは直線とせず折れをもうけたうえに三十ものやぐらを設け、あらゆる場所で横矢よこやを掛けられる構造とした。
 城郭は本丸、二ノ丸、三ノ丸をつらね、総石垣そういしがき堅牢けんろうな構え。水堀みずぼりで囲んだ本丸・二ノ丸を独立させたのは絢爛けんらんな天守を目立たせる工夫である。さらに、周辺には家臣団が住まう武家屋敷群も一体として整備する構想である。
 普請には、もちろん領内のすべてが動員された。重政自身は島原の船津ふなつのほど近く、通称”はましろ“と呼ばれる古城に手を入れて仮の居城とし、そこから普請の指揮をる。
 まさに、高来たかきを挙げての大工事となった。重政は十全じゅうぜんに備えたつもりだったが、それでも普請は難航した。
 悩まされたのは、水、である。

鯉の泳ぐまち 湧水庭園四明荘の湧き水

 島原を流れる中尾川なかおがわ※3からは距離を置いたにもかかわらず、土地を少し掘り下げただけで水が湧き出て止まらない。
「何故だ」
 さすがの重政も、これは意想外いそうがいの事態だった。旧領きゅうりょう大和やまと二見城ふたみじょうの川河岸かわぎしに建てたが、川からの浸水を防ぐよう基礎の深いつづみを設ければ、それで漏水対策は済んだ。しかし、島原では辺りに川らしい流れはないというのに、掘れば水浸みずびたしという有り様である。
「こう水が多くては、基礎を固められぬぞ」
「それはどうも、具合が悪いことでございますね」
 藩政に普請にと忙しく働く重政だったが、だからこそ小浜おばまでの湯治とうじは欠かさなかった。そうなれば、庄屋の本多ほんだ親能ちかよしのところに逗留とうりゅうすることになるのは必然である。
「冗談ではないぞ、本多殿。ただ掘るだけでもついえはあるのだ」
「それはもちろん」
 親能は幕臣ばくしんとして小浜に入り、土地に馴染み居着いた口である。それゆえ、地元の者と他所の者、双方の考えができる男だった。だからこそ重政は、湯治にこと寄せてこの男の意見を聞きに来たのだった。
「それにしても、一体どこから水が流れて来ておるのだ」
「無論、お山からでしょう」
「地中に川があるようにも見えぬのですぞ」
 新兵衛しんべえ※4も言いつのるが、親能は微笑みながらかぶりを振った。
「もっと大きく、ゆったりとした流れがあるのです。……まあ、わたくしも土地の者の受け売りでございますがね」
 だからまずは地元の者に聞くが早いと、親能は重政に水を向けた。
「急がば回れ、と申しますよ」
 そう笑う男に従ったわけではないが、重政は浜の城に島原の乙名おとなしゅうを呼び出すこととした。
「城の普請の件だが、水に難儀なんぎしておる」
 包み隠さずに言うと、乙名たちは一瞬顔を見合わせて、何事かをひそひそと話しはじめた。やがて、ひとりのおきながおずおずと前に進み出ると口を開いた。
中村孫右衛門なかむらまごえもんと申しまする。お殿様のおたずねにつきまして、僭越せんえつながら申し上げまする」
「固いことはよい、申せ」
「水はお山から地の内を広がりながら、海のほうへと流れておりまする。車川として顔を出す部分もございますが、大方おおかたはそのまま地の内を通りますので」
「……では、その上に城を建てるには、どうしたら良い」
「井戸を掘りまする」
「井戸、だと?」
 意想外の言葉に、つい重政の声が高く跳ねた。
「そこに水を集めて、別に流すのでございますが……何分、作事さくじは詳しくございませんで、うまくお伝えすることができませぬ」
 孫右衛門の要領を得ない言葉に、重政は一瞬だけ苛立いらだちを登らせかけたが、この翁に当たって解決するものでもない。気を落ち着けるようにまぶたを閉じた重政だったが、つぎの言葉に目を見張った。
「ですが、達者な者が千々石ちぢわ※5に居ります」
 和田四郎左衛門わだしろうざえもんという男ならば、地中を流れる水の始末も自在にできるという。

千々石海岸

 重政は、すぐさま千々石に向かった。そうして四郎左衛門を探し出すと、己の構想を話して熱心に口説くどいた。
「この高来に建つ城が栄えることこそ、泰平の世が来たと示す嚆矢こうしとなるのだ。力を貸してくれ」
「……随分とまあ、振るったお考えをお持ちにございますな」
 四郎左衛門は、いかにも固い表情のまま返すと、わずかに思案するようにあごへ指を添えた。
「無論、やぶさかではございませぬ。ただ、ひとつお願いがございます」
 いったい、この謹厳きんげんそうな石工いしく棟梁とうりょうが何を吹っ掛けるつもりか。重政は問うように彼の目を見返した。
「殿様はつづみづくりが達者とうかがっております。じつは、千々石の海岸は波風による塩の害がひどく、作付けが悪いのです。城普請をお手伝いする代わりに、塩を防ぐ堤を作ってはいただけませぬか」
「……領主が、領民の暮らしを守るのは当たり前ではないか。約束するぞ」
 思わず、重政は四郎左衛門の腕を掴んだ。その固さと頼もしさに、笑みが漏れた。

【注釈】
※1日野江城ひのえじょう・・・主人公・重政のこれまでの居城。現・南島原市北有馬町。
※2眉山まゆやま・・・旧称・前山。
※3中尾川なかおがわ・・・旧称・車川くるまがわ。重政が居城としている浜の城から約3.5km北に位置する。
※4新兵衛しんべえ・・・重政の腹心・岡本新兵衛。
※5千々石ちぢわ・・・重政の居城である浜の城から雲仙岳を挟み、約22km西に位置する。